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秋田地方裁判所 昭和62年(ワ)6号 判決 1988年11月15日

原告 大潟村農業協同組合

右代表者理事 椎川丈一

右訴訟代理人弁護士 柴田久雄

被告 男澤泰勝

右訴訟代理人弁護士 金野繁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地上に存する同目録二記載の構築物及び建築資材を収去して、右土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は原告の所有であるが、原告は昭和五九年三月二七日被告に対し、本件土地を、育苗及び施設園芸等の用に供する目的をもって、期間五年、被告が本件土地内に構築物を建設するときは原告の承諾を必要とし、もしこれに反した場合には原告は契約を解除することができる等の約定で、賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という)。

2  しかるに、被告は、原告の承諾なく、本件土地上に鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建農用倉庫一棟を建築しようとして、昭和六一年一一月二八日付で建築確認をとったうえ、原告の再三にわたる建築中止の警告にもかかわらず、既に本件土地内において右倉庫のコンクリートの基礎を打つ準備を終り、別紙物件目録二記載のとおり本件土地内に建築資材を搬入して建築工事を開始し、これを続行しようとしている(右工事途中の建物基礎を以下「本件構築物」という)。

3  そこで、原告は被告に対し、昭和六二年一月一六日被告送達の本訴状をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は被告に対し、本件賃貸借契約の解除に基づく原状回復義務の履行として、本件構築物及び本件土地上の建築資材を収去して、本件土地を明渡すよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件土地上に農用倉庫を建築しようとしたこと及び本件構築物が農用倉庫のものであることは否認するが、その余は認める。

被告が建設しようとしているのは、催芽育苗(電熱で種もみを催芽し、電熱及び電光で育苗する方法)のための施設である。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  育苗用構築物についての承諾不要の合意

本件賃貸借契約においては、育苗施設としての構築物の建設については原告の承諾を要しない旨の合意があった。

すなわち、本件賃貸借契約は、本件土地を育苗及び施設園芸の用に供する目的で締結されたものであるところ、その当時育苗はハウスによるものが一〇〇パーセントで例外はなかったから、育苗施設としての構築物は、当初から原告の承諾を必要とする構築物から除外されていたものである。

2  権利の濫用

(一) 被告は、米価が年々安くなり、米の自由化が叫ばれている今日、米生産のコストダウンはさけられず、農業経営の大型化が必要な情勢の下で、大型ダンプカーが出入りできるような育苗棟を建設しようと考え、昭和六一年六月、原告(組合長)にフアイロン(日光を通す化学トタン)を張った育苗棟の建築の承諾を求めたところ、原告から「大きい建物及び高さのある建物は認められない」と回答されたので、原告にその基準について尋ねたところ、「ない」との返事であり、要するに原告が認めないものは建てられないとのことであった。

被告は、同年一一月頃、再度原告に育苗棟建築の承諾を求めたが、前回同様拒否された。

(二) しかし、原告は、他の三名の組合員に対しては、既に大型の育苗棟の建設を認めているのである。

(三) 被告は隣地使用者から本件構築物の建築について承諾を得ており、その構造(平家建、側壁は透明トタン)からしても近隣に迷惑がかかることはない。

(四) 本件土地及びその周辺の原告所有地については、被告を含めた入植者らが全員同じ条件で借り、原告の右土地の取得に伴う償還金は、被告を含めた入植者全員が支払っているのである。

(五) 以上の事情に、原告の目的、使命等を総合すれば、本件構築物の建設を承諾しない原告の態度にはなんら合理的根拠はなく、したがって、それを理由に本件賃貸借契約を解除することは、被告に不合理な苦痛を強いるものであり、解除権の濫用として無効なものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件賃貸借契約が本件土地を育苗、施設園芸等の用に供する目的で締結されたものであることは認めるが、その余は否認する。

2  抗弁2について

(一) 同(一)の事実中、被告が被告主張の時期に二回にわたって本件土地上に建物を建築することの承諾を求め、原告がこれを拒否したことは認めるが、その余は争う。

(二) 同(二)の事実は否認する。

原告が他の組合員に対して認めている育苗棟の高さはせいぜい四・四メートルないし四・一メートルの高さのものであって、被告が建築しようとしている建物のほぼ半分に過ぎない。

(三) 同(三)の事実は争う。

(四) 同(四)の事実は争う。

(五) 同(五)は争う。

被告は、当初農用倉庫を建築しようとしたものであり、途中からその目的を育苗棟に変更したものの、その建築中の建物は原告が他の組合員に許可してきた建物の約二倍の高さのものであり、これが一般化すれば他の育苗施設所有者に与える影響が大きい。しかも、原告は、被告に対して一切の建物の建築を認めないというのではなく、既存の施設と同規模の建物ならその建築を認めると言っているにもかかわらず、被告がこれを受入れないのであるから、被告の権利濫用の主張は当らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び3の事実は、当事者間に争いがない。

また、被告が、昭和六一年一一月二八日付で建築確認を受けた上、原告の再三の建設中止の警告にもかかわらず、本件土地上に鉄骨造の構築物を建設すべく建築資材を搬入して基礎工事を開始し、これを継続しようとしていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は、本件土地上に農用倉庫を建築するものとして建築基準法に基づく建築確認申請をし、その確認を受けたが、本件構築物は育苗棟として建築中のものであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二  抗弁について

1  原告の承諾不要の合意について

被告は、本件賃貸借契約において、育苗施設としての構築物の建設については原告の承諾を要しない旨合意された旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

かえって、《証拠省略》によれば、被告は、本件構築物を育苗施設として建設しようとしているものであるが、その工事の着手に当って右建設につき原告に承諾を求めたことが認められ、この事実及び《証拠省略》に照せば、本件賃貸借契約においては、育苗用施設を含む全ての構築物の建設について原告の承諾を要する旨合意されたもので、育苗用施設を除外するものではなかったものと認められる。

被告の前記主張は採用できない。

2  権利の濫用について

(一)  《証拠省略》によれば、

(1) 本件土地及びその周辺土地は、国の干拓事業として行なわれた公用水面埋立地で、原告が組合員の利用に供するために八郎潟新農業事業団から取得し、これを区画割りして組合員に貸与している(目的は本件賃貸借契約と同一)ものであり、その取得代金は、右土地を利用する原告の組合員から支払われる利用料から支払われているが、右利用料は右取得代金についての組合員の分担金の実質を有するものである。

(2) 被告は、昭和五三年一二月頃右原告取得地の内の一区画を賃借していたが、他の組合員から原告に返還された本件土地を、稲の育苗用地として本件賃貸借契約によって借り増ししたものであった。被告は、本件土地の賃借後、これに稲の育苗施設としてのビニールハウスを建てて使用していたが、農業経営の規模を拡大するとともにその合理化を図って、育苗施設の大型化、電熱育苗の採用、苗の運搬車両の大型化(従前の二トン車から四トン車への変更)等を計画し、昭和六〇年冬頃稲の育苗棟の建設のために中古倉庫の解体資材を購入した。被告が右購入資材を使用して建設を計画した育苗棟は、間口約一四メートル、奥行三一・五メートル、建築面積約四四九平方メートル、高さ最高部(屋根の中央部)八・五メートル、軒先六・四メートルの鉄骨造平家建の構造のもの(以下「本件育苗棟」という。)であった。

被告は、右建築資材を購入するに当って、原告に右計画にかかる育苗棟の概要を説明し、育苗施設としての建物の大きさについての規制の有無を尋ね、その際原告の組合長や参事らから育苗施設であれば建物の大きさについての規制はないとの返事を得たので、右建築資材を購入したものであった。

(3) 昭和六一年六月頃、被告は本件育苗棟の建設に着手するに当って、原告に承諾を求めた。原告においては、建設の承諾について育苗施設の規模による基準は定められておらず、組合員からの承諾申請の都度そのケース毎に諾否を判断・決定していたところ、原告は被告の右承諾請求に対して、本件育苗棟はその高さ、構造等からして育苗施設ではないと判断して、同年七月二日付でその建設を承諾できない旨の回答をした。その後、原・被告間で話合いが行なわれ、その中で、被告は原告に対し、本件育苗棟は育苗用のものであり、屋根、外壁等にはファイロン(透明の化学トタン)を使用する旨述べるとともに、苗の運搬に四トン車両を使用するには本件育苗棟の高さの施設が必要であったので、その旨述べて本件育苗棟建設の承諾を求めたが、原告は、育苗施設としては、他の組合員において従前建設、使用されている施設の最大規模のもの、すなわち高さ四ないし五メートルまでのものが限度であり、本件育苗棟のように右限度をはるかに超える施設は育苗施設と認めないものとし、周辺土地の利用者に対し日照、通風等の点で被害を及ぼすおそれもあると判断して、右承諾拒否の態度に終始し、結局話合いは物別れに終った。そして、原告は同年一一月頃被告に対し、改めて本件育苗棟の建設は承諾できない旨回答した。ところが、その後被告が本件育苗棟の建設工事に着手したので、原告は本訴を提起するに至った。

(4) この間、被告は、本件土地の隣接土地利用者から本件育苗棟の建設について了解を得た。

(5) 被告は、一六町歩の田を耕作しているところ、本件土地とは別の前記借地で可能な育苗は一五町歩分であり、本件賃貸借契約が解除されれば一町歩分及び補植用の育苗用地を失うことになり、農業経営への支障は大きい。

これに対し、本件育苗棟が建設されることにより原告に生ずる支障としては、前記周辺土地への影響による組合員間の紛争の発生、これによる土地管理の困難が考えられるにすぎない。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定事実に基づき、被告の権利濫用の抗弁について検討する。

本件土地は原告がその組合員の利用に供する目的で取得したものであり、本件賃貸借契約において定められた本件土地の使用目的は育苗、施設園芸等であるから、被告が計画している本件育苗棟の建設は、右本件賃貸借契約の目的そのものを実現するためのものであって、これに何ら反するものではない。

もっとも、原告は、本件土地及びその周辺土地を本件土地と同一の目的で各組合員に貸与しているものであるから、被告の本件土地の使用目的が右のとおりであったとしても、そのための施設が他の組合員の土地利用に障害を及ぼすものであれば、その施設の建設を認めることができないのは当然であり、構築物建設については原告の承諾を要するとする本件賃貸借契約の約定は、まさにそのような土地利用を規制、排除することを目的とするものというべきである。そして、本件育苗棟の建設は、その高さが従前建設された育苗施設よりはるかに高いものであり、日照、通風等の点で本件土地周辺の土地利用に障害をもたらすおそれがないとはいえない。

しかしながら、本件育苗棟の建設による周辺土地に対する具体的な影響についてはこれを確認すべき証拠はなく、他方、本件土地の面積、本件育苗棟の建築面積等を考慮すると、本件育苗棟がその周辺土地に及ぼす悪影響は殆どないとも考えられるだけでなく、被告は、日照、通風等の点で最も利害のある本件土地の隣地利用者から本件育苗棟の建設につき了解を得ているので、これを建設しても、組合員間に紛争を生じ原告の土地管理に困難を招来するおそれは殆んどないものと考えられる。

そして、原告の本件土地の取得目的、本件賃貸借契約の目的、本件育苗棟の建設についての原・被告双方への影響ないし利害得失等に、被告の本件育苗棟の建設は農業経営の拡充、合理化を目的とするものであるところ、それは、農産物に対する輸入自由化が次第に実現、拡大され、米の輸入自由化までが叫ばれている昨年の情勢の下で、農業経営を維持していくためにはとらざるをえない方向であり、原告においても取組むべき大きな課題であると考えられること(原告においては、組合員の要求や育苗施設の規模による周辺への影響等を調査し、前記観点からの組合員間の利害調整、育苗施設の規模等による建設許可の基準を確立する必要があると思われる。)等を合せかんがみれば、原告の本件賃貸借契約の解除は、権利の濫用として無効のものといわざるをえない。

被告の抗弁2は、理由がある。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹中省吾)

<以下省略>

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